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ヘレン・ケラーにスウェーデンボルグを紹介したのは「ジョン・ヒッツ」という人物である(故鳥田四郎牧師はジョン・ヒッツを「牧師」と呼んでおられるが、彼が牧師であったかどうかは定かでないことから、敬称を省略する)。ちなみに、このヒッツという人物、ヘレン・ケラーの伝記類のほとんどに登場してこない。唯一『世界の伝記42 ヘレン・ケラー』(山主敏子著 ぎょうせい)にその関係が書かれていた。本書を参考にヘレン・ケラーがスウェーデンボルグを知る経緯について要約して紹介する。 幼い頃からヘレンは、この世のすべてのものを創造したのは誰だろうという疑問を持っていた。それに対してサリバンは、「母なる自然が創った」と話して聞かせていた。最初はそれで納得していたヘレンであったが、自ら手に触れるものには「みんな生命がある」と感じ、創造主に対する好奇心は増すばかりであった。そして神について考えるようになり、フィリップス・ブルックスという神父から「神は愛なり」というキリスト教の教えを学んだ。しかしそれでもヘレンは神の愛と「物質世界」との関係がはっきりつかめずにいた。そんな時、ヘレンはジョン・ヒッツに出会うのである。十三歳の時であった。これから先のエピソードは『世界の伝記』からそのまま紹介する。 …………………………………………………………………………………………………………ヒッツはアメリカ駐在のスイス総領事として長年ワシントンにいた人で、後にはワシントンのヴォルタ局の局長になった。ヴォルタ局というのはべル博土が電話の発明で得たヴォルタ賞金で設立し、聾唖者についての資料を集めたり、配布したりする仕事をしている機関だった。 ヒッツはヘレンを心から愛し、またサリバンの仕事が、へレンだけではなく、世界的な意義を持っていることを理解し、高く評価していた。ヒッツはしばしばボストンやケンブリッジへへレンたちを訪ねてきた。ヘレンもまた、タスカンビアヘ帰る時には必ずワシントンで下車して、ヒッツに会うのを楽しみにしていた。ヒッツはいつも長い手紙をくれた。彼はその手紙をヘレンが自分で読めるようにと、点字を習ってヘレンが読みたがっている本を、点字に打ってくれた。 ヘレンはこの人から、スウェーデンボルグの『天国と地獄』という本を貰って読み、すっかりその思想に魅せられて、スウェーデンボルグの考え方をもっと研究したいと思い、ヒッツに頼んだ。ヒッツはヘレンの役に立ちそうなものを点字に打って、送ってくれた。 ともあれヘレンは彼の宗教書にすっかり心酔してしまった。彼女は自分もまた霊的な体験を持ったと信じ、それをサリバンに語ったこともある。 最初にスウェーデンボルグをヘレンに語ったヒッツは、ヘレンたちがレンサムに移ってからは、毎年の夏六週間をレンサムへ来ていっしょにすごした。朝露をふんで、かぐわしい匂いのする牧場ヘと、へレンをつれて何時間でも散歩した。ドイツ語をヘレンのてのひらにつづり、いつもスウェーデンボルグのことを語った。 十四回目の誕生日にヒッツから贈られた金時計を、ヘレンはずっと肌身はなさずに持っていて胸にさげていた。この時計をヒッツははじめあるドイツ大使から贈られて、三十年以上も大切に持っていたのを、ヘレンに贈ったのだった。 この時計は盲人用に作られたものではないのだが、時計の表面はガラスで、裏には一本の金針がついていた。この金針は分針と連絡していて、いっしょに動いたりとまったりする。また縁輪の周囲には金の点がついていて、それが時間を示すようになっていた。 最初の持ち主であるドイツ大使は、宮廷を訪ねている時、あからさまに時計を見るのは無作法なので、そっと金点をさわってみて時間がわかるように作り直したものだった。ヒッツは白い長いひげをはやした老人で、八十歳を過ぎていたがへレンのこの上もないよい友人だった。この友とも別れの日が来た。ヘレンが母を訪ねてレンサムへ帰る道、いつものようにワシントンで下車した。 ヒッツはへレンを出迎えに列車のところまで来て、「ヘレン、よく帰ってきましたね」ととても喜んでへレンを抱きしめ、どんなにヘレンの来るのが待ち遠しかったかを語った。そしてヘレンの手を引いて列車のそばから歩き出したとき、ヒッツは突然心臓麻痺におそわれ、ヘレンの手をとったまま亡くなってしまったのだった。 ヒッツの死後もヘレンはいよいよスウェーデンボルグに傾倒し、彼の新教会主義を通じて聖書を熱心に読み、多くの尊い教訓をさがし出した。あまりなん辺となく読むので、ヘレンの聖書は点字が摩滅していた …………………………………………………………………………………………………………ヒッツの死は衝撃的である。この出来事は『My Religion』にも書いてある。ヘレンの心に残った悲しみはどんなに大きかったことだろう。 ところで、ヘレンのスウェーデンボルグへの関心について、サリバンの反応はどうであったのだろう。 だが、サリバンも夫のメイシー氏もスウェーデンボルグは天才的な人物ではあるが後に気が狂ったのだと考えていたから、ヘレンが彼を褒めると、「あなたはこんなことが気ちがいのたわごとだということを、よく承知のはずでしょう」ときめつけ、ヘレンは迷わされているのだと言った。 サリバン夫妻のスウェーデンボルグへ対する認識がこのようであったことも、ヘレン・ケラーの伝記類にスウェーデンボルグやヒッツが登場していない理由であろう。 しかしヘレンは、家族から孤立しようとも、スウェーデンボルグによって慰めを得て、信仰を深めていったのである。 ………………………………………………………………………………………………………… *この記事は『JSA会報』18号に掲載されたものを一部修正したものです。 文責 山本康彦 |