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1688年(0歳) | 1月29日、父イェスペル・スヴェードべリと母サラ・ペームの間に生まれる。 |  スウェーデンボルグの父 |
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1696年(8歳) | 母サラ・べーム死す。その10日後に長兄も死亡。 | |
1697年(9歳) | 父イェスペル、サラ・べルギアと再婚。 |
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1699年(11歳) | ウプサラ大学に入学。 |
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1703年(15歳) | 父イェスペルがスカーラの監督に任命される。家族はブルンスボーの家に
移転。エマヌエルはウプサラ大学にとどまり義兄の家に住む。 |
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1709年(21歳) | 6月、ウプサラ大学卒業。翌年3月まで、ブルンスボーの家で過ごす。 |
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1710年(22歳) | 9月、ロンドンへ旅立つ。時計職人の家に下宿。 |
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1715年(27歳) | ロンドンから帰国。 |
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1716年(28歳) | 1月、科学雑誌『ダエダルス・ヒュッペルポレウス』創刊号を編集、発行。
鉱山局の臨時「監督官」に任命される。 |
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1719年(31歳) | 貴族に叙せられ終身貴族院議員となる。この後「スウェーデンボルグ」と改姓 |
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1721年(33歳) | 『自然事象の諸原理』『月によって経度を発見する新方法』を出版。 |
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1724年(36歳) | 7月、鉱山局の「監督官」に正式に任命される。 |
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1734年(46歳) | 『哲学・冶金学論文集』を出版。ヨ一ロッパに科学者としての名声を確立。 |  1734年のスウェーデンボルグ |
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1735年(47歳) | 父イェスペル死す(享年82歳)。 |
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1736年(48歳) | 解剖学を学ぶためにパリへ向かう。 |
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1740年(52歳) | 『生物界の構造』(第1巻)を出版。霊的な閃光を見、心霊体験始まる。 |
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1741年(53歳) | 『生物界の構造』(第2巻)を出版。 |
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1743年(55歳) | 7月、『夢日記』をつけ始める(1744年10月まで)。 |
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1744年(56歳) | 『霊魂の王国』(第1巻、第2巻)を出版。
4月、『夢日記』に主イエス・キリストが顕現したことが記される。 |
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1745年(57歳) | 『霊魂の王国』(第3巻)『神の崇拝と神の愛』(第1部、第2部)を出版。この頃、
霊界への眼が開かれる。『アドヴァーサリア』の著述を開始。 |
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1747年(59歳) | 『霊界日記』をつけ始める(1765年まで)。7月、鉱山局監督官を辞任。 |
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1749年(61歳) | 『天界の秘義』(第1巻)を出版(1756年までに全8巻を出版する)。 |
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1757年(69歳) | 霊界で「最後の審判」が起こるのを目撃する。 |
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1758年(70歳) | 『宇宙の諸天体』『天界と地獄』『最後の審判とパピロンの減亡』『白馬』
『新エルサレムと天界の教義』の5冊をロンドンで出版。 |
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1759年(71歳) | ストックホルムの火災を透視する。この年までに霊界と交流できるという噂
が世間に広まる。 |
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1763年(75歳) | 『主の教理』『聖書の教理』『生命の教理』『信仰の教理』、『続・最後の審判』
『神の愛と知恵』を出版。 |
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1764年(76歳) | 『神の摂理』を出版。 |
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1766年(78歳) | 『啓示された黙示録』を出版。 |
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1768年(80歳) | 『結婚愛』を出版。 |
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1769年(81歳) | 『新しい教会の簡潔な解説』『霊魂と肉体との交流』を出版 |
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1770年(82歳) | 『真のキリスト教』を執筆。(1770年6月19日−「新教会の日」) |
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1771年(83歳) | 『真のキリスト教』をアムステルダムで出版。帰国せずにロンドンへ向かう。 |  1771年のスウェーデンボルグ |
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1772年(84歳) | 3月29日、ロンドンで客死。
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